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「漢方なんて」から始まったー地域漢方薬局が見る現在


コミュニケーション/主観/第6感


地域と共にある漢方薬局

創業47年を迎える倉敷の寿元堂薬局は、全国でも数少ない日本古来の漢方を取り扱う地域密着型の漢方専門薬局としてその地位を築き上げてきた。
昭和51年に先代の北山進三さんが開局し、現在は娘である北山恵理さんが引き継いでいる。
今回は西洋医学が主流となった現代で、日本の伝統医学を続ける理由、また漢方の特徴や、漢方家から見る現代について、店主の恵理さんにお伺いした。

あちテラスの店舗前にて。北山良和さんと北山恵理さん あちテラスの店舗前にて。北山良和さんと北山恵理さん

寿元薬局の北山良和さんと北山恵理さん

恵理さんは、最初は全然漢方に興味が無く、かつ世間の流行を煽った拝金主義的なイメージを持っていたと語る。
しかしそんな印象を持ちながら、父により処方された漢方によって快復した経験を経て、自分の中の漢方のイメージががらりと変わってしまった。
なんと、父であり先代の進三さんも同じ経験をしていたそうだ。


「昔、父は大阪で漢方修行をしていたんです。
当時、父は「漢方なんて」という考え方だったので、その環境によっぽどストレスがあったのでしょうね。
皮膚湿疹が全身に出てしまったそうです。
それで薬局に売っている薬を飲んでもよくならない。
病院に行ってもよくならない。
そんな中で研究室の先生に「漢方薬でも飲んでみたら?」と言われて飲んだら…朝飲んで、お昼過ぎぐらいには湿疹が枯れてたっていうんです。
そこで漢方薬の不思議さに父も気づいて、この世界の沼にはまってしまったようです。」

 
北山恵理さんが魅せられた漢方

「漢方なんて」と少し馬鹿にしていた中で、救われる経験をする。
奇しくも父と娘は同じ様な経路で漢方に魅せられ、現在に至っている。
以前は西洋医学の病院・薬局で薬剤師をされていた恵理さんは、あるとき街の漢方薬局として患者一人ひとりと緻密なコミュニケーションを取り、信頼関係を築いていた父の姿を見て、漢方を後世に残したいと決意したという。



患者一人一人と真摯に向き合い、彼らの言葉や症状の悩みに深く耳を傾ける。
地域の中で愛され、長く続いてきた漢方薬局の姿は、都市化が進む日本の中で失われた繋がりが残っているように思える。
血の通ったコミュニケーションから、目の前の人が必要としているもの、ことは何なのか想像を巡らすのが寿元堂薬局の姿勢なのである。

漢方の力とはー西洋医学では治らなかった症状を。

寿元堂薬局の北山恵理さん

 

中国由来の漢方=東洋医学の1つというのは誰もが理解できるが、東洋医学は西洋医学と何が違うということを答えられる人は少ないのではないだろうか。
日本、ひいては世界の現代の主流医学は西洋医学であり、西洋医学とは理論的に検査数値などを分析し、症状の原因に直接アプローチする医学と言われている。
日本では明治維新後から主流になっている。



それに対して東洋医学とは経験的で、患者の状態を主観的に判断するというのがよく言われる二つの医学の大きな違いである。
つまり検査で得られる数字を元に治療を組む西洋に対して、東洋はカウンセリングやヒアリング、そして患者の感じていることを中心に処方を行う。
恵理さんは漢方を語るにあたり、西洋医学と東洋医学の違いについて詳しく答えてくれた。
医学の考え方の違いであるので、どちらがいいとか悪いということではない。
と前置きしたあと、西洋医学はどこに行っても同じ治療ができるようにガイドラインというのが厳密に定められているのに対して、漢方は患者本人の主観というものを軸に置く。
もちろん漢方や東洋医学にも理論はあるが、理論に走りすぎるとあまりうまくいかない。


患者本人の主観というと、その日の彼らの気分や体調によって揺らぎ変わるものだが、逐一ヒアリングを行い、書き留めて確認している。
恵理さん自身も理論に固執しないよう意識しているそうで、「この薬はこれに効くもの」という理論の教えに偏りすぎず、総合的に判断することを意識しているそうだ。


私が漢方の世界に入ったばかりの頃は、父に漢方を教えてもらうときに、父が選んだ薬が自分なりの解釈で釈然としないことも少なくありませんでした。
西洋医学の世界では根拠がないと医師が処方する薬に繋げられなかったので、父になんでその薬を選んだの?とか、なんでそう言う考え方になったの?って言うのをよく聞いてたんですけど、「わからん」という言葉が返ってくることがしばしばあったんです。
経験と知識を駆使して薬の候補を絞った後で「わからんけど、これが効く気がするんだ」って。



父は膨大な量の漢方の古典(古い医学書)に接していますから、そこで培われた第6感とでも言える何かで感じたってことなんでしょうね。
実際に、教科書通りの使い方でないのに効果があった事例が沢山あるんです。
寿元堂薬局には医療系のお客様も多く来て頂いていて、皆さんからもそういうお話は聞くことがあります。
こういう話を聞くと、まだまだ人間もAIには負けないだろうなって自信が湧いてきます(笑)

結論として、西洋医学で手っ取り早く治せる症状は西洋医学で治して頂いたらいいと思います。
ただその隙間っていうんですかね、検査値にも表れない、診断基準にも到達していないような不定愁訴というものに関しては漢方薬で喜んで頂けることが多いと思いますね。
また、西洋医学で治りにくい病気の中にも、漢方が効果的なものが少なくありません。最初から西洋医学だけ、漢方だけ、ではなく、どちらも上手に利用していただきたいです。

 



数値ではなく、目の前の患者とのコミュニケーションから彼らの気持ち、漢方家自ら感じる第6感を元に薬の処方を選ぶ。
それは現代で理論的でないと一蹴され、下部に置かれてきた「感覚」を大切にしたプロセスではないだろうか。
私たちも現代を生きる中で、理論や常識の元に、自分の感じたことよりもそちらを優先させることが多々あるだろう。
しかし、漢方ではそこを見逃さず、丁寧にすくいあげて処方の選択に繋げる。

街の漢方専門薬局として一人ひとりと向き合い、漢方を地域と人々に根付かせるために草の根的に動き続けた寿元堂薬局。
先代の北山進三さんは書籍も複数刊行しており、岡山リビング新聞社(現在は山陽リビングメディア)から出ている『誤解だらけの漢方薬』は一般の方に向けた本に関わらず、漢方を学ぶ人たちにも教科書的に読まれることも少なくない。
本の帯には大きく「本物の漢方が消えていく」…「世の中に氾濫している漢方の情報は誤解だらけ…」漢方に対する信念と抜き差しならぬ危機感を感じる言葉が書かれている。
商業的に利用された間違いだらけの漢方イメージが氾濫することに耐えられなかったそうで、メーカーに忖度せず強い想いと怒りを元に執筆したそうだ。
その強い意志と正義感、そして来局者に対する愛を継いだ恵理さんはにこやかに、そして丁寧に目の前の人たちに向き合っている。


Writer
tatoubi art project / 山本 ちあき